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福岡地方裁判所 昭和53年(ワ)706号 判決

原告 仲山千恵子

〈ほか一〇名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 諫山博

同 林健一郎

同 津田聰夫

同 林田賢一

同 古原進

同 小泉幸雄

同 中村照美

同 本多俊之

同 小島肇

同 上田国廣

同 井手豊継

同 内田省司

同 辻本育子

被告 福岡市

右代表者市長 進藤一馬

右訴訟代理人弁護士 稲澤智多夫

右訴訟復代理人弁護士 稲澤勝彦

被告 株式会社古屋工業所

右代表者代表取締役 古屋秀雄

右訴訟代理人弁護士 真鍋秀海

右訴訟復代理人弁護士 太田武男

被告 大西猛

右訴訟代理人弁護士 太田武男

主文

被告らは各自原告仲山千恵子に対し金四五六万一四八〇円、原告仲山勲及び原告仲山幸子に対しそれぞれ金八三一万一九四四円、原告丸林三枝に対し金四一七万九二六六円、原告丸林静子及び原告丸林桂子に対しそれぞれ金七一〇万五五九〇円、原告山口功子に対し金六九一万〇一八〇円、原告山口政憲、原告山口隆義、原告山口貴臣、原告山口孝幸に対しそれぞれ金六〇九万八三六三円並びに右各金員に対する昭和五三年一月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、各原告らに対し別紙(二)の「請求額」欄記載の各金員及びこれに対する昭和五三年一月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  答弁

1  被告福岡市の本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告らの請求の趣旨に対する各答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告福岡市(以下「被告市」という)は、水道事業を行うことをその固有事務とする地方自治体であり、その事業として福岡市東区原田地内No.2配水管敷設工事(以下「本件工事」という。)を企画設計し、被告株式会社古屋工業所(以下「被告古屋工業」という。)をして右工事を実施させていた。

(二) 被告古屋工業は、管工事業を業とする会社であり、被告市から本件工事を請け負い、被告大西猛(本名は金猛。以下「被告大西」という。)をして右工事を実施させていた。

(三) 被告大西は、大西工業の名称で水道施設工事・管工事を業とし、被告古屋工業から本件工事を下請けして、右工事を実施していた。

(四) 訴外亡仲山友幸(大正一三年一二月一八日生)、同丸林繁廣(大正一〇年八月二四日生)、同山口政廣(昭和一四年三月一五日生)(以下、一括して、「本件被害者ら」という。)は、被告大西に雇傭され、本件工事に従事していた。原告らと右三名との身分関係は、別紙(二)の「続柄」欄に記載のとおりである。

2  事故の発生

本件被害者らは、昭和五三年一月一七日午前八時五〇分ころ、福岡市東区原田一丁目一三一五番地白水英雄方前道路上の本件工事現場において、本件工事の施工に従事していたところ、道路際の白水方煉瓦塀(煉瓦部の厚さ一五センチメートル、モルタル部の厚さ約二センチメートル、地上部の高さ約一・七メートル、根入れ部の深さ約二〇ないし三〇センチメートル、長さ約七・一メートル、重さ約一〇トン)が倒壊し、その下敷きとなって、いずれも同日死亡した(以下「本件事故」という。)。

3  本件事故の原因と注意義務の内容

(一) 本件事故の原因は、本件事故現場の地質が砂質土であり、倒壊した前記煉瓦塀の基礎部分が地中に二〇ないし三〇センチメートルしか埋まっていなかったにもかかわらず、本件工事では、右塀から直角方向に僅か約一五センチメートル(根入れ部では約九センチメートル)しか離れていないアスファルト舗装道路部分に、右塀と並行に長さ約九メートル、深さ約七五センチメートル、幅約五〇センチメートルの溝が掘られたことにある。

(二) 本件工事現場のような砂質土の場所で、前記のような位置に鉛直に近い溝を掘る場合には、右煉瓦塀の長さの約半分の長さの溝であったとしても、塀の倒壊の危険があったのであるから、塀から五〇センチメートル以上離して溝を掘るか、又は、溝の伏角を一九度程度にするなど掘る溝の長さや工法などを事前に具体的に安全設計することによって本件事故を回避する可能性があったといいうる。

(三) 従って、かかる工事設計にあたる者は、現場の位置及び地質並びに塀及びその基礎構造について十分な事前調査を行う注意義務があり、そのうえで、いささかの危険でもあれば、事故を回避するための適切な工法を指定するなど安全に工事を遂行しうる設計をなす注意義務(以下「設計上の注意義務」という。)がある。又、かかる工事の実施にあたる者は、右のような危険箇所での工事実施にあたって、塀の倒壊等によりその工事従事者の生命や健康を害することのないような安全な工法を具体的に指導し、監督する注意義務(以下「施工上の注意義務」という。)がある。

4  被告市の責任

(一)(1) 被告市は、本件工事の事業主体、注文者及び設計者であるから、原則として同被告の責任で作成された設計・仕様に基づいて本件工事をとり行うことになっていた。同被告と被告古屋工業との本件請負契約によれば、被告市は本件工事の監督員を定め、監督員は契約工事の履行につき、被告古屋工業又はその現場代理人に対する指示等をなし、設計図書に基づく工程の管理、立会、施工状況の検査等の指揮監督権限を有し、同被告が施工のために使用している下請人、その従業員等のうち著しく不適当と認められるものがあるときは、同被告に対して必要措置をとることを求めることができ、被告市は、必要があると認めるときは、書面をもって被告古屋工業に通知し、工事内容を変更し、又は工事の全部もしくは一部の施工を中止させることができる旨の約定がなされていた。被告市は、被告古屋工業らに対し、本件工事に関する強力な指揮、監督、検査等の権限を有していた。

(2) 被告市は、本件工事の設計を西日本開発コンサルタントに委託し、最終的には福岡市水道局施設課設計第一係松尾孝則が担当してこれを完成した。その設計によれば、本件事故現場を含めて本件工事現場の地質を粘性土との前提で、前記煉瓦塀から直角に約一五センチメートル離れた道路上に溝を掘るべく指定した。従って、同被告の本件工事設計自体に欠陥があった。

(3) 被告古屋工業の現場代理人道喜勝成と下請けの被告大西は、本件工事の開始に先立ち、工事現場付近の試掘を行い、地質が粘性土ではなく砂質土であることを知ったが、監督員も、右試掘が終るころ同現場に来ていたし、現場説明会でも道喜、同被告らと共に同現場を見廻っていたのであるから、本件事故現場が危険な箇所であることを当然に知りえたはずである。しかるに、監督員は、右試掘の結果等を前記工事設計の担当部門に何ら報告せず、その結果、設計について何等の再検討もされずに終った。しかも、監督員は、施工に際して、塀の倒壊防止のための安全な工法や適切な手だてを何らとらなかったので、施工上も欠陥があった。

従って、被告市は、次のような損害賠償責任を負うべきである。

(二) 国家賠償法二条一項の責任

本件事故現場の市道及び市道上に掘削された前記溝は、国家賠償法二条一項の「道路」その他の「公の営造物」にあたるところ、被告市は、設計及び施工上の各欠陥がある工法などで市道に右溝を掘削し、その結果、隣接する人家の塀の倒壊を生じさせる危険のある状態を作出したのであるから、同被告には、右道路及び右溝の設置又は管理に瑕疵があったというべきである。

又、同被告は、本件工事現場を含む市道の管理者として、その占有者あるいは掘削をなそうとする者に対する許可権限を有し(道路法三二条一項、三項、福岡市道路占用規則二条)、右許可に際しては、申請者より工作物、物件又は施設の設計書、仕様書及び図面を提出させ(右規則二条二項三号)、道路状況に適合するか否かを判断するものである。本件事故現場での溝の掘削は、前記煉瓦塀の倒壊を招来する危険なものであったにもかかわらず、これを許可した同被告は、道路管理者としても、その管理に瑕疵があった。

従って同被告は、国家賠償法二条一項の責任を負う。

(三) 民法七一七条一項の責任

本件事故現場の市道及び市道上に掘削された前記溝は、民法七一七条一項に定める「土地ノ工作物」にあたるところ、右市道に前記の各欠陥がある工法で溝が掘削された結果、前同様塀の倒壊の危険のある状態となったのであるから、右は工作物の設置又は保存に瑕疵があったというべきである。そして、本件事故は、右工作物の瑕疵によって生じたものである。

本件工事現場は、同被告の管理すべき市道であって、もともと同被告が直接占有していた。しかも、本件工事は、同被告自体の事業として行われていたもので、同被告が本件工事の施行につき前記のように強力な指揮、監督、検査、立会の権限を有し、監督員が本件工事現場を見廻っていた。故に、同被告は、本件工事現場を自己のためにする意思をもって事実上支配していたことになり、その占有形態は、被告古屋工業及び被告大西と共同して占有していたものであるから、被告市は、民法七一七条一項による占有者としての工作物責任を負う。

(四) 民法七一六条の責任

被告市は、本件工事の注文者として、請負人に対する注文又は指図をなすについて、設計及び施工上の各注意義務があるのに、前記のようにこれを怠って本件事故を発生させたのであるから、民法七一六条の注文者の責任を負う。

(五) 民法七〇九条の責任

被告市は、本件工事の設計、施工の事業主体として、本件事故現場付近の工事において、設計及び施工上の各注意義務があるのに、前記のようにこれを怠って本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

5  被告古屋工業及び被告大西の責任

被告古屋工業は、本件工事の請負人として、本件工事の遂行に責任を持ち、従業員の道喜勝成を現場代理人として現地に常駐させ、本件被害者らの指揮監督にあたらせていた。被告大西は、被告古屋工業の下請人であり、使用者として本件被害者らを本件事故現場での本件工事に従事させ、その指揮監督をし、本件工事を現実に遂行していた。

道喜及び被告大西は、前記のように現場付近の試掘により地質が砂質土であることを知っていたので、本件事故現場での工事が塀の倒壊を招来する危険なものであることを認識しうる立場にあったにもかかわらず、これを予見せず、右事故現場での施工に際して、塀の倒壊防止のための安全な工法や適切な手だて等事故回避の措置を何らとらなかった。しかも、本件事故発生時には現場にさえいなかった。

従って、原告らは被告古屋工業及び被告大西に対し、選択的に、次のような損害賠償責任を主張する。

(一) 民法七一七条一項の責任

前記4の(三)に述べるとおり、土地の工作物たる本件事故現場の市道及び市道上に掘削された前記溝には民法七一七条一項にいわゆるその設置又は保存の瑕疵があったというべきである。そして、本件事故は、右工作物の瑕疵によって生じたものである。

同被告らは、前記のようにいずれも本件工事現場を事実上支配し、本件事故現場の占有者であったからいずれも民法七一七条一項の責任を負う。

(二) 債務不履行責任

同被告らは、本件工事の施工者として本件被害者らを指揮監督する者であったから、本件工事につき、本件被害者らその従業員の生命や健康を害することのないよう配慮し、とりわけ、掘削の作業方法から生ずる危険を防止するために必要な措置を講ずる安全配慮義務があった。ところが同被告らは、施工上の注意義務を尽くさず、右安全配慮義務を怠り、漫然と本件被害者らをして、本件工事現場を掘削させ、本件事故を発生させたものであるから、債務不履行責任を負う。

6  損害

(一) 本件被害者らの損害

(1) 逸失利益

仲山友幸は、死亡当時五三歳の男子で、日額金六六六八円の賃金を得ていた。丸林繁廣は、死亡当時五六歳の男子で、日額金六七三〇円の賃金を得ていた。山口政廣は、死亡当時三八歳の男子で、日額金七四六八円の賃金を得ていた。

従って、右賃金日額を基礎とし、少くとも六七歳まで仲山友幸が一四年間、丸林繁廣が一一年間、山口政廣が二九年間就労可能であると考えられるので、昭和五七年度までは年一〇パーセント、昭和五八年以降は年七パーセントの賃金上昇を見込み、年五パーセントの中間利息をいずれも複式で計算し、生活費としてその三分の一を控除すると、得べかりし利益は、仲山友幸が金二八四八万円、丸林繁廣が金二〇四一万円、山口政廣が金八八六二万円となる。

(2) 慰藉料

本件被害者らは、いずれも煉瓦塀の下敷きとなって圧死したものであり、その悲惨さを考慮すれば、その精神的苦痛を慰藉するものとして、各金二〇〇〇万円が相当である。

(3) 原告らの相続

原告仲山千恵子は、仲山友幸の配偶者として、原告勲、同幸子はその子として同人の損害の各三分の一を相続した。

原告丸林三枝は、丸林繁廣の配偶者として、原告静子、同桂子はその子として同人の損害の各三分の一を相続した。

原告山口功子は、山口政廣の配偶者として同人の損害のうち三分の一を、原告政憲、同隆義、同貴臣、同孝幸はその子として右損害の各六分の一を相続した。

(二) 原告ら固有の慰藉料

本件被害者らの死亡により、原告らは精神的苦痛を被った。その慰藉料として、配偶者は金五〇〇万円、子は金二〇〇万円を下らない。

(三) 葬儀費用

各被害者の配偶者は、葬儀費用として、各金五〇万円を要した。

(四) 弁護士費用

原告らの右(一)ないし(三)までの各損害額合計は、別紙(二)の「損害額」欄記載のとおりである。被告らが右損害につき任意の支払をしないので、原告らは、本訴請求を原告ら訴訟代理人らに委任し、損害額の一〇パーセントを報酬として支払うことを約した。従って、右弁護士費用も被告らが負担すべきものである。

7  よって、原告らは、被告らに対し、本件事故に関する不法行為又は債務不履行に基づき、別紙(二)の「請求額」欄記載の金員及びこれらに対する本件事故発生の日である昭和五三年一月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前に関する被告市の主張

地方公共団体である福岡市はその経営する水道事業を執行するため、水道事業管理者を置いている(地方公営企業法七条、福岡市水道事業設置等に関する条例)。従って、水道事業に関しては福岡市を代表するのは水道事業管理者であり、市長ではない(地方公営企業法八条)。本件において、被告市の代表者を市長とする本訴請求は不適法であるから、却下されるべきである。

三  被告市の答弁及び抗弁

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1及び2の事実は認める。

(二) 同3のうち、(一)の事実は認めるが、(二)及び(三)の主張は争う。

(三) 同4について

(1) 同(一)について

ア 同(1)のうち、被告市が被告古屋工業に対し強力な指揮監督権限を有していたことは争うが、その余の事実は認める。

イ 同(2)のうち、被告市の設計に関して欠陥があったことは争うが、その余の事実は認める。

ウ 同(3)の事実は争う。

(2) 同(二)ないし(四)の事実及び主張は争う。

(四) 同6の事実中原告らと本件被害者らとの身分関係は認めるが、その余の事実及び主張は争う。

2  主張

(一) 本件事故の責任主体

本件事故は、本件工事の請負施工業者である被告古屋工業及び被告大西が工事をなすうえで当然とるべき作業上の方法をとらず、又事故発生を未然に防止するため当然とるべき義務を怠った過失により発生したものである。被告市には責任がない。即ち、

(1) 本件工事の請負契約においては、工事は設計図書に基づいて行われることになっていたが、施工法等の具体的手段は請負人である被告古屋工業の責任において定め、施工することになっていた。本件工事は、全長六九二メートル中人力床掘りによる箇所が本件事故現場を含む二五六メートルであった。この部分は、極めて道路幅員が狭く、人家の密集している箇所であるから、作業工法はそれなりの配慮の下に行われるべきところである。

(2) 本件事故現場は、道路幅員約一・五メートルであって、前日の作業現場であった原田公民館前より更に狭かった。本件事故前日施工の同公民館前現場では、矢板を使用して作業したにもかかわらず、同公民館前の長さ約六・五メートルの赤煉瓦塀には三か所に亀裂が入ってしまった。道喜及び被告大西は、事故現場付近の地質が粘土混りの砂地であることを知っていたはずである。それに、本件事故現場の工事までに、何度か矢板を使用する等の措置を講じ、異常なく工事を遂行してきたものであった。

(3) このような場合、請負人としては、白水方の煉瓦塀について、作業にかかる前に、基礎部分の調査をしたうえ、矢板を使用する等の土留めをするとか、右煉瓦塀に支柱を設けるとかして、その倒壊を未然に防止すべき注意義務があった。

(4) ところが、本件事故現場では、土留めや塀倒壊防止の配慮が全くなされず、しかも、設計図書上人力床掘りとなっていたにもかかわらず機械掘りをして、長さ約九メートル、幅五五ないし六〇センチメートル、深さ約六〇センチメートルで、右煉瓦塀の全長をはるかに超えていたこと、本件事故当日は通常の施工開始時刻である午前九時三〇分よりも相当早くから作業が開始されており、現場代理人道喜が不在であったことなどの点で、被告古屋工業及び被告大西に専らその義務違反がある。

(二) 国家賠償法二条一項の責任について

前記溝は、公の営造物ではない。これを営造物と解しても、本件事故は、公の営造物の設置又は管理の瑕疵に起因するものではなく、作業上の過失に起因するものである。

又、道路管理者としての被告市は、本件の市道占用掘削許可をなすにあたって、工事地区の道路幅員の狭隘、人家の密集、既設地下埋設物が比較的浅いところにあること、大型車両の通行もないこと、土被六〇センチメートル、人力床掘りとなっている本件工事設計等の事情を相当と認め、東警察署と協議のうえ、昭和五二年一二月五日、右許可をした。しかるに、本件事故後、施工者が設計を無視し機械掘りしたことが判明した。そもそも施工者の施工方法は許可を受けた範囲を超えてはならず、もし変更しようとするときは速かにその許可を受けなければならないことになっているのに、本件ではその変更申請も、許可もなかった。従って、被告市には、国家賠償法二条一項の責任はない。

(三) 民法七一七条一項の責任について

前記溝は、工作物にはあたらない。仮に工作物であるとしても、本件事故は、工作物の設置又は保存の瑕疵に起因するものではなく、前記のような作業上の過失に起因するものである。

又、被告市に本件事故現場に対する占有があるとすることは、次の理由により失当である。即ち、本件請負契約は、民法上の通常の請負契約である。注文者と請負人は、原則として、相互に対等の地位にある。被告古屋工業は、被告市の指揮監督に服することなく、自ら主体となって当該請負工事を実施することができる。ただ、当該工事の進行過程で、契約及びこれに基づく指図どおりの処理がなされているかどうかをチェックするために、被告市の選任する監督員に必要な監督上の権限が認められているにすぎない。従って、被告古屋工業は、右監督に服する事項を除けば、本件工事の全体を支配し、その遂行に責任を負っている。

(1) 本件請負契約によれば、被告古屋工業の選任する現場代理人は、契約の履行に関し、工事現場に常駐し、その運営取締りをするほか、一定の事項を除き契約に基づく同被告の一切の権限を行使することができるとされており、本件工事現場を直接的排他的に支配し占有していたものである。これに対し、監督員は、現場に常駐するものではなく、又工事の運営取締りを行うことにもなっていない。

(2) 契約の履行について、監督員の指示等は、下請人やその従業員等に対して直接行われるものではなく、書面により被告古屋工業又はその現場代理人を介して間接的に行われるものである。しかも、その内容は、契約中に明示された事項に限られ、具体的に作業工程の細部に立ち入ったものではない。

(3) 本件請負契約によれば、被告市及びその監督員は被告古屋工業に対し、現場代理人等を介し必要な措置を求めることができること、被告市は書面により工事内容等の変更を指示することができることが約定されている。これは、注文者として当然のことであって、逆に被告古屋工業から被告市に対し監督員を介して同様の措置を求めることができることが約定されている。このように、本件請負契約は、注文者と請負人との間の対等の契約であり、いずれかが他方に対し優位に立つという関係にはない。

(四) 民法七一六条の責任について

本件事故は設計上の過失に基づくものではない。

(1) 道路法施行令一二条によると、水道管の本線を埋設する場合においては、その頂部と路面との距離は一・二メートル以下としないことと規定されている。本件事故現場付近は、前記2(二)の状況にある場所である。被告市は、これらの事情を考えて、施工上やむをえない場合であるとして、道路管理者と協議のうえ、右施行令の許容している六〇センチメートルに埋設することにし、人力床掘りとするなど安全な工法を設計したものである。

(2) 被告市の設計では、原田地区一帯の土質を粘性土と見ていた。実際には、本件事故現場付近は砂質土であったけれども、大部分が粘性土でおった。原田工区は全長六九二メートルに及ぶが、この全部に亘り地質検査や地下状況の調査を行ったうえで設計をすること自体無理である。試掘や施工段階で地質の違いが判った都度、設計変更等によってこれに対応する外ない。本件請負契約においても、請負人に事情変更等の通知義務が定められている。又、設計図書に示される掘削位置も絶対的なものではなく、道路状況や台帳等で調査した既設埋設物の関係を示したにすぎず、試掘や掘削の情況により変更しうるものである。

(3) しかるに、本件事故前日の原田公民館前工事の場合、砂質土で塀倒壊の不安があった。本件事故現場付近も亦砂質土であったから、道喜らは、直ちにその旨を監督員に通知し、工事を一時中止して設計図書の変更を求め、矢板使用とか塀の補強とかの方法を協議して安全を期す義務があったにもかかわらず、監督員に対して何ら連絡せず、設計変更の申出もせず、勝手に工事を進めた。そのために、本件事故が発生した。

以上に照らすと、被告市の設計上に過失があったということはできない。

(五) 民法七〇九条の責任について

被告市は、本件事故現場の地質について、前記のように、本件事故発生まで、砂質土であることを全く知らず、本件工事区域が全て粘性土であると信じていたので、本件事故が発生する危険を予見しえなかった。

又、同被告が設計段階で本件工事区域の地質等についてその全域を個別的に事前調査する義務を負うのは不合理であり、そのために請負人に事情変更等の通知義務を課していたのであるから、設計上の注意義務違反はない。更に、被告市は、被告古屋工業に対し、着工に先立って、設計内容について説明を行い、着工後も手掘りするよう強く指示するなど事故防止の措置をしていたから、何ら過失はない。

3  抗弁

(一) 占有者としての注意義務の遵守(免責事由)

被告市の主張(五)民法七〇九条の責任についてに記載したのと同旨。

(二) 過失相殺

仮に被告市に何らかの責任があるとしても、本件事故は、本件被害者らが前記のように現場代理人不在時に、定められた工事開始時刻前に工事を始めたこと、砂質土に応じた土留めや、塀倒壊防止方法をとらなかったことなどの重大な過失も原因となっているのであるから、損害額の算定に当ってはこれを斟酌すべきである。

四  被告古屋工業の答弁及び抗弁

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2のうち、本件事故発生の時刻の点は否認するが、その余の事実は認める。

(三) 同3のうち、(一)の事実は認めるが、(二)及び(三)の主張は争う。

(四) 同5のうち、被告古屋工業が本件工事を請け負いその遂行の責任があったこと、被告大西がその下請として本件工事を遂行する立場にあったことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(五) 同6の事実中原告らと本件被害者らとの身分関係は認めるが、その余の事実及び主張は争う。

2  主張

(一) 本件事故発生に至る経緯

(1) 被告市と被告古屋工業との間における本件工事の請負契約では、工事の全区域について矢板工法によらないものとされていた。これは、矢板使用の有無によって請負代金に差異があるからである。右契約で本件事故現場付近の掘削方法が人力床掘りとされていたのは、道路の狭隘のほか、機械使用による排土作業過程で道路脇の家屋や塀等に損傷を与える虞れがあったことを考慮したにすぎない。

(2) 監督員高田清浩は、昭和五二年一二月五日現場説明の際、道喜及び被告大西に対し、アスファルト及びバラス剥離のためにのみ掘削機械の使用を認め、ただ路面損傷について注意した。

(3) 被告古屋工業は、前記のような道路の狭隘と地質を考え、特に慎重に掘削する必要があったので、被告大西に対しても、作業時間を現場の地域住民との協定による午前九時三〇分開始、午後六時終了とすること、作業手順として、一度に掘削する溝の長さを水道管一本分の五メートル余とし(掘ったままかあるいは掘りかけたままで放置することなく、当日新たな溝の掘削から始まる。)、水道管一本敷設後直ちに完全に埋戻し(機械による転圧及び砕石合成剤による復旧まで行う。)、これを繰り返すこと、現場には矢板を常備し、掘削に伴い近隣の工作物が倒壊するなどの虞れがあるときは、これを使用することを指示した。

(4) 本件工事は、昭和五三年一月八日に着工し、同月一六日までに約一四三メートル進捗した。それまでの間、道路脇の建物や塀などに倒壊等の危険が予想される箇所が二、三あったので、その都度矢板を使用するなどして慎重に工事を進めた。特に、同月一六日の原田公民館前の工事では、同所の煉瓦塀にひび割れがあったところから、倒壊の虞れもあるとして、道喜は、矢板を使用させた(もっとも、これは、同人の指示というよりも、当日作業をした本件被害者らを含む全員の判断でとった処置であった。)。

(5) 本件被害者らは、同月一七日午前七時三〇分ないし午前八時ころから本件事故現場の掘削を開始し、同日午前九時三〇分ころの事故発生直前まで一挙に長さ九メートル以上の溝を掘った。道喜は、現場への出務が少し遅れる旨を前日に作業員らに告げていた。道喜及び被告大西は、本件事故当日は所用のために廻り道をしたので、本件事故発生時には現場におらず、事故の連絡をうけて急拠駆けつけた。

(6) 白水方の煉瓦塀は、昭和二〇年代初期に築造されたもののようであるが、本件事故の数か月前にモルタル塗装されていたため、一見頑丈なコンクリートブロック塀の観を呈し、原田公民館の煉瓦塀より数段堅固なものと思われた。

(二) 民法七一七条一項の責任について

前記溝は未完成であったから、民法七一七条一項の工作物にはあたらない。

仮にそうでないとしても、被告古屋工業には、本件事故現場(特に溝)に対する占有がなかった。

(1) 本件工事は、福岡市東区原田三丁目一三六九番地から同四丁目一五二七番地に至る総延長約六九二メートルに及ぶ道路であり、工事期間も三か月程度が予定されていた。このような現場に対する請負人の占有は、工事時間内だけ、当該工事実施現場の範囲内でしか成立しない。ただ、その日に掘削した穴や溝などの工作物が埋め戻されないまま翌日まで残るときは、それら残存工作物に対する占有が続くだけである。

(2) 被告古屋工業の本件工事のやり方は、前記のとおり水道管一本分の長さだけ掘削、敷設し、これを埋め戻したうえ、次を掘削するという方法の連続であって、掘削したままの穴や溝などを翌日まで放置することはありえない。昭和五三年一月八日の着工後、同月九日、一二日、一三日、一四日、一六日にそれぞれ施工したが、毎日の工事終了後から翌日まで、溝などの工作物を残すことはなかった。

(3) 同月一七日もいつものとおり午前九時三〇分に最初の掘削作業にかかることになっていたので、当日における被告古屋工業と被告大西の現場占有は、その時刻ころ始まるはずであった。しかるに、本件被害者らは、当日、前記のとおり、同被告らの意に反して、作業開始時刻の一時間三〇分ないし二時間も前から本件事故現場の占有を始め、且つ同被告らの指示に反した工法で、一挙に九メートル以上もの道路を掘削し、工作物たる溝を作り出し、これを占有したのである。

このように、同被告らの意に反して、本件被害者らが占有補助者としてではなく、自ら本件事故現場(特に溝)を占有していたのであって、同被告らの占有は成立していなかった。

(三) 安全配慮義務について

被告古屋工業は、本件被害者らとは直接の雇傭関係にないので及同被告に雇傭契約上の債務としての安全配慮義務の不履行を問擬することはできない。

仮に、同被告に元請人として何らかの安全配慮義務が認められるとしても、同被告は、被告大西とともに次のとおりその義務を尽くしている。

(1) 本件のように、塀のすぐ傍の掘削工事をする場合、使用者は、掘削により塀その他の近接工作物が倒壊する虞れがあるかどうかを判断し、それがある場合には、塀等の倒壊防止のため必要な処置をとることが作業員に対する安全配慮義務として必要である。そして、外観上一見して倒壊の虞れが明らかな場合を除いて、通常、ある程度掘削したとき砂礫の落下など倒壊に至る兆候が現われて始めてその判断が可能となる。

(2) 同被告らは、工事の安全に慎重を期し、本件工事における一般的遵守事項として、作業員らに対し、前記のように作業時間、作業手順を指示しており、万一の場合を考慮して、矢板を作業現場に常備させ、工作物等が倒壊する等の虞れがあるときは矢板を使用するように指示していた。

(3) 本件工事は、ほとんど全域にわたり民家の塀のすぐ傍を掘削するよう設計されていた。それは、通常塀の傍を掘っても、倒壊に至ることが経験上ほとんどないからであろう。又、本件事故前日原田公民館前工事の際、その煉瓦塀にひびが入っていたので矢板を使用して掘削した。しかし、白水方前の煉瓦塀は、前記のとおり、外観上新しい頑丈なコンクリートブロック塀と思われるものであったので、道喜も被告大西も、かかる塀は少くとも地下数十センチメートルの土台と基礎の上に構築されているのが通常であるから、右塀の基礎も同様であろうと思い、予め倒壊の虞れなどは考えも及ばなかった。

それに加えて、本件被害者らは、長年水道管敷設の掘削工事の経験者で、掘削中に塀の倒壊に至るような兆候を発見することは容易のはずであり、気づいたときは直ちに矢板使用に切り替えることができたはずであった。

(4) ところが、本件被害者らは、本件事故当日に限って、道喜や被告大西が現場に出務するはずのない午前八時ころから掘削作業を始めたらしく、午前九時三〇分ころの本件事故発生までに一挙に約九メートルの長さにわたって掘削した。本件被害者らが指示された午前九時三〇分に作業を開始していたならば、道喜又は被告大西の監督によって、一挙に九メートルも掘削させることは絶対になかったはずである。又、砂礫落下など倒壊の兆候を発見できて、必要な処置がとれたはずである。従って、被告古屋工業は、本件被害者らに対する安全配慮義務の不履行はない。

3  抗弁

(一) 占有者としての注意義務の遵守(免責事由)

被告古屋工業の主張(三)(安全配慮義務について)のとおり、同被告は、白水方の煉瓦塀の外観からその危険性を予見するのは不可能であったし、作業員らに対する一般的指示として、作業時間、作業手順等の注意、矢板の常備と使用など本件事故発生を防止するに必要な注意義務を尽くした。また、本件被害者らの掘削開始時間不遵守のため、道喜又は被告大西の現場不在をもたらし、そのため本件事故発生を回避する措置をとることができなかった。

(二) 過失相殺

被告市の主張するところ(前記三3(二))と同旨である。

(三) 損害の填補

本件事故は、労災事故と認定され、原告らに対し、次のとおり葬祭料及び遺族補償年金が支給されたので、原告らの損害賠償請求権から控除されるべきである。

(1) 葬祭料

原告仲山千恵子に対し昭和五三年四月一七日金四〇万〇〇八〇円、原告丸林三枝に対し同日金四〇万三八〇〇円、原告山口功子に対し同年三月一七日金四四万八〇八〇円がそれぞれ支給された。

(2) 支給済の遺族補償年金

昭和五三年五月支給分から昭和五六年二月支給分(三か月分を一括支給されるから同年四月分まで含む。)まで、遺族補償年金として、原告仲山千恵子に金四一七万〇五八四円、原告丸林三枝に金三三八万二五二四円、原告山口功子に金五五八万八四六六円がそれぞれ支給された。

(3) 将来の遺族補償年金

原告らが昭和五六年五月支給分以降受給する遺族補償年金の年額は、原告仲山千恵子金一五二万六〇八八円、原告丸林三枝金一二三万八〇四八円、原告山口功子金二〇四万五四五二円であり、右年額に各本件被害者の平均余命(但し、年金既支給分に対応する期間三年を差し引く。)にそれぞれ対応するホフマン係数を乗じて算出した将来の年金額の現価は、原告仲山千恵子金二〇七八万四六六〇円、原告丸林三枝金一三九五万七七一二円、原告山口功子金三二七三万三四〇〇円となる。

ところで、労災保険制度は、労災事故による犠牲者が喪失した労働能力の回復及び補償を目的とするものであるが、その保険料は、各事業所ごとの災害発生危険率に応じて使用者側のみから徴収されているものであり、使用者側にとってはその保険料を対価とする責任保険としての性格を有し、且つその機能を果すべきものである。従って、使用者が労災事故について民法上の損害賠償責任も負担する場合には、労災保険の給付相当分につき、使用者の負担が軽減されるべきであって、これを無視して別に損害賠償金を支払わせるのは使用者の利益を害する結果になる。現行の労災保険制度には、使用者が被災者側に対して民法上の損害賠償を右保険給付に先立って履行した場合、事業者たる政府から右賠償額を限度として保険金の事後支払を受けるというような調整規定(例えば、自動車損害賠償保障法一五条など。)が欠けている。従って、年金の既支給分しか控除されないとすると、使用者としては当該訴訟を遅延させるほど自らの負担を軽減させうるという非合理性がある反面、将来の一定期間の支給分については使用者に保険料と賠償額の二重の負担を課すことになる。労災保険の遺族補償年金制度は、労働者にとって年金方式が有利であることを考慮し、一時払方式から年金方式に改正(昭和四〇年)されたものである。年金には不払や遅延はなく確実な受給権利であり、年金が被災者及び遺族の生活保障と損失補償の性格を持っているので、損害賠償額から将来の年金の現価を控除しないとすれば、損害賠償の二重取りを容認することになり、衡平の理念に反する。労働基準法八四条の解釈としても、年金方式の保険給付の場合について、同条一項の「給付が行なわれるべきものである場合」の中に「将来給付がなされることが確定している場合」を含ませ(同項は労働者災害補償保険法上の年金方式導入の改正に適合するように改正されたものである。)、同項の「補償の責を免かれる」場合を同条二項の「補償を行った場合」と同じと解することができる。国家公務員共済組合法や国家公務員災害補償法による年金の将来支給分については、損害賠償額から控除している(最高裁判所第二小法廷昭和五〇年一〇月二四日判決参照)。右の理由により、本件においては、原告らが支給をうける遺族補償年金の将来支給分についても、現価に換算して逸失利益の損害賠償額から控除されるべきである。

五  被告大西の答弁及び抗弁

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2のうち、白水方の煉瓦塀の厚さ、高さ、重さ等の数値は知らないが、その余の事実は認める。

(三) 同3のうち、(一)の事実は認めるが、(二)及び(三)の主張は争う。

(四) 同5のうち、被告大西が被告古屋工業の下請人として本件工事を施工していたこと、被告大西が使用者として労働者の安全配慮義務を有していたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(五) 同6のうち、各被害者が得ていた本件事故前三か月間(昭和五二年一〇月一日から同年一二月三一日まで。)の平均賃金日額が、原告ら主張のとおりであること及び原告らと本件被害者らとの身分関係が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

2  主張

(一) 本件事故発生に至る経緯

(1) 被告市と被告古屋工業との間の本件工事請負契約、現場説明会については、同被告の主張(前記四2(一)(1)、(2))のとおりである。

(2) 被告大西は、そのころ、被告古屋工業の下請けとして本件工事を担当するに至ったが、当時は七名の外勤従業員を雇傭し、そのほか必要に応じて臨時の日雇人夫を使用しており、本件工事現場以外にも同被告の下請けとして壱岐中学校と新幹線車両基地に、又自己固有の作業場として志免と香椎に各工事現場を有していた。

(3) 被告大西は、同年一二月下旬の三日間にわたり、本件工事の区間において、二十数か所の試験掘りをしたところ、概略砂質土であることが判明した。試掘の結果は、道喜から被告市の水道局へ報告された。ところが、同被告は、高田から砂質土なので注意するようにとの言葉をかけられたのみで、被告市側から工法等について別段の指示はなかった。

(4) 被告大西は、現場説明と試掘を経て、狭い道路の両側に塀や建物が並ぶ本件現場の事情を考慮して、特に相当の熟練度を有する仲山友幸(在職六年)、丸林繁廣(同五年)、山口政廣(同三年、但し管工事経験年数一二年)、益永栄(在職五年)を本件工事要員として指名し、他に毎日人夫三名を雇うことにした。そして、同被告は、昭和五三年一月七日、従業員のために新年会を開催し(益永欠席)、本件現場の状況を説明し、被告古屋工業から受けた指示(前記四2(一)(3))を伝えた。

(5) 被告大西は、同月八日、工事開始に先立ち約一〇枚の矢板を工事現場に運ばせ、本件工事を片倉工業所前から西へ木本方に向けて掘削を始めた。高瀬方前掘削の際、同所の電柱が不安定であったので、それに補強を施して工事を進めた。木本方前では、同家の建物に接して掘削したが、基礎部分の土が少し崩れかけたので、矢板を使用して危険を回避した。同月一四日ころより片倉工業所前から東向きの工事にかかった。

(6) 同月一六日原田公民館前の掘削工事を行ったが、同所の煉瓦塀には二か所ほど亀裂が入っていたので、倒壊しないように矢板を使用して掘削した。同日白水方玄関前まで掘削し、水道管を埋設のうえ、埋め戻した。翌日掘削予定の白水方前の道路は、一段と狭く、同家のモルタル塗りの塀に沿って掘削することになっていたので、被告大西は、同月一六日の作業終了後、同家玄関前に作業員を集めて、翌日の作業は特に慎重に工事を進めるように注意を与えた。

(7) 益永栄、仲山友幸、丸林繁廣は、同月一七日午前九時過ぎ、本件工事現場に到着した。その時既に山口政廣及び三名の日雇人夫の手によって白水方の煉瓦塀に沿って長さ約九メートル、幅約六〇センチメートル、深さ約三〇センチメートルの溝が掘られていた。仲山、丸林は、自ら右溝に入り、人夫三名を溝から出して掘削を続けた。益永は、人夫に指示してダンプカーに土砂を積み込んだうえ、土砂を捨てに行った。被告大西は、同日午前八時三〇分ころ乗用車で自宅を出発し、板付で同業者と他の工事の打合わせを終えて本件事故現場へ向う途中、同日午前九時四〇分ころポケットベルで本件事故の発生を知り、同日午前一〇時ころ本件事故現場に到着した。

(8) 本件事故発生直後における前記煉瓦塀と掘削した溝の位置は、別紙(四)の掘削現場略図表示のとおりであり、白水方の煉瓦塀に沿って同人方玄関前から東方へ長さ約九・三メートル、深さ約六〇センチメートル、幅五五ないし六〇センチメートルの溝が掘削されていた。

(二) 民法七一七条一項の責任について

本件被害者らは、被告大西及び道喜から前記のように作業時間、作業方法等に関する指示を受けていたにもかかわらず、これに反して作業時間外に自ら瑕疵のある状態を作り出したのである。前記溝の占有者は、本件被害者ら作業員であって、同被告ではない。

(三) 安全配慮義務について

被告大西は、次のように安全配慮義務を尽くしていた。

(1) 本件工事のような水道管埋設工事において、施工者が道路の両側に林立する塀全部について事前にその基礎部分の調査をすることは実際上不可能である。事前調査をしなくても、施工過程で防災措置がとれる。被告大西には塀の根入部分の事前調査義務はない。

(2) 本件工事の設計図書では、本件事故現場の掘削方法は人力床掘りとなっていた。これは、道路が狭いので掘削機械のアーム等によって埋設物や建造物に損傷を与える虞れを考慮したにすぎない。そこで、監督員は、右危険を避けるよう注意したうえで、堅い表土の剥取り等について機械使用を認めた。被告大西は、右現場の道路掘削の際に、小型掘削機械を使用してアスファルトとバラスを剥がしたが、右掘削機械の使用が本件事故の一因をなしたということはない。従って、同被告が右掘削機械を使用したことをもって、危険防止に必要な注意義務に反したということはできない。

(3) 本件工事現場の指揮監督は一切現場代理人の管理下に委ねられていたが、それとは別に、被告大西は、前記のように事故防止のために必要な事項を従業員に十分徹底させ、工事開始前に矢板を現場に運び入れ、更に自らも一日一度は必ず現場に行って監督し、多少でも不安な箇所があれば矢板を使用するなどの配慮を行ってきた。同被告は、自己のなしうる危険防止の注意義務を尽くした。

(4) 本件事故が本件被害者らの重大な過失によって生じたことは、被告古屋工業の主張(前記四2(三)(2)、(3))のとおりである。

(四) 逸失利益について

逸失利益の計算は、本件事故前一年間の収入を基礎として算出するのが合理的である。本件事故前一年間の賃金合計は、仲山友幸金二一四万四三七四円(日額金五八七五円)、丸林繁廣金一八六万五三八〇円(同様金五一一〇円)、山口政廣金二六二万五三二九円(同様金七一九二円)であった。又、被告大西は、零細企業で、従業員も七名程度にすぎず、将来の昇給基準等を全く設けず、過去の賃金上昇分ベースアップにすぎない。従って、逸失利益の算定にあたっては、将来のベースアップは考慮すべきではない。

3  抗弁

(一) 占有者としての注意義務の遵守(免責事由)

被告大西の主張(前記2(三))のとおり、同被告は、本件事故発生を防止するに必要な注意をしていた。又、本件被害者らが掘削開始時間を遵守していなかったので、道喜又は同被告が現場にいることができなかったため、本件事故発生を回避する可能性がなかった。

(二) 過失相殺について

仮に被告大西に何らかの責任があるとしても、同被告の主張(前記2(三)(4))において述べたとおり、本件事故の発生につき、本件被害者らにも過失がある。従って、損害額の算定にあたっては、右過失を斟酌すべきである。

(三) 損害の填補

(1) 被告大西は、原告らに対し、葬儀費用として総額金一四三万九四一七円を支払った。

(2) その他の点については、被告古屋工業の主張するところ(前記四3(三))と同一である。

六  被告らの主張及び抗弁に対する原告らの答弁

1  被告らの主張及び抗弁(三2及び3、四2及び3、五2及び3)は争う。

2  本件被害者らの過失について(過失相殺)の反論

本件被害者らは、本件工事の概要や現場の地質について知りうる立場になく、ただ道喜及び被告大西の指揮に従って働く立場にあった。従って、本件被害者らは、普段道喜から受けていた指示と特段異なった方法で工事の実施を行うはずもなく、常態の業務に従事していたにすぎない。本件被害者らの過失などはありえない。

3  遺族補償年金についての反論

労災保険制度と損害賠償制度とは、本来その制度の趣旨、目的を異にし、前者は直接には損害の填補をその目的にするものではない。ただ、労働基準法八四条二項が両者の相互補完の関係を肯定しているが、これは、双方からの二重の利益を排除した趣旨と解すべきではなく、公平の原則上、労災職業病という同一事由による使用者の二重の不利益を防止する趣旨と解すべきである。従って、労災保険による給付金を損害賠償額から控除するかどうかの問題は政策的な判断の問題であり、使用者に同一事由による二重の賠償の不利益を与えるかどうかを基礎として判断すればよい。現実的にみても、被害を受けた労働者及びその家族の生活には、生活補償的給付ないし原状回復としての年金給付が不可欠であり、被災労働者ないしその遺族が労災保険給付と損害賠償を双方取得しても何ら非難されるべきものではない。又、将来の保険給付金を損害賠償額から差し引くことは、労働者に右金額について分割支払いを強制する結果を招き、不合理である。

第三証拠《省略》

理由

第一(被告市の本案前の主張について)

同被告は、福岡市の水道事業に関する代表権は水道事業管理者にあるから、福岡市長を福岡市の代表者とする本件訴えは不適法である旨主張する。

地方公営企業法七条、八条、福岡市水道事業の設置等に関する条例(昭和四一年一二月二六日条例第五二号)三条によれば、同被告の水道事業の業務を執行させるために水道事業管理者が置かれ、右業務の執行に関しては、除外規定を除き、右管理者が同被告を代表すると定められている。しかし、本件訴えは、不法行為を原因とする損害賠償の請求を内容とするものであって、原告ら主張の事故が福岡市水道事業の業務の執行過程中に発生したものであるとはいえ、右事故発生とこれに基づく損害賠償問題は水道事業の業務執行そのものであるということはできない。このような損害賠償請求訴訟における同被告の代表者は、地方自治法一四七条により、市長である。

よって、同被告の右主張は理由がなく、採用することができない。

第二(本案について)

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  (本件事故の発生とその原因)

1  請求原因2の事実について、同事実は原告らと被告市との間では争いがなく、原告らと被告古屋工業との間では本件事故の発生時刻を除くその余の事実は争いがなく、原告らと被告大西との間では倒壊した煉瓦塀の厚さ、高さ、重さ等が原告ら主張の数値であることを除くその余の事実は争いがない。

本件事故の発生時刻及び右煉瓦塀の規模等の検討と併せて、本件事故の態様を今少し詳しく検討すると、争いのない右事実に、《証拠省略》を総合すれば、次のような本件事故の発生事実が認められる。

本件被害者らは、昭和五三年一月一七日午前九時四五分ころ、福岡市東区原田一丁目一三一五番地(同年二月一日以降は同区原田二丁目二二番三一号に町名変更。)白水英雄方前路(幅員約一・五メートル)上において、福岡市水道局の水道管敷設工事のために、右白水方のモルタル塗装の煉瓦塀(長さ約七・二メートル、地上部の高さ約一・七メートル、根入部の深さ約二〇ないし三〇センチメートル、煉瓦部の厚さ約一五センチメートル、モルタル部の厚さ約二センチメートル、重さは長さ一メートル当り約九一一キログラムで総重量約七二六九キログラム、以下「本件煉瓦塀」という。)から道路側へ約一五センチメートル(根入れ部では約九センチメートル)の位置に、右塀と平行して、ほぼ別紙(四)の図のように長さ約九・二メートル、幅約六〇センチメートル、深さ約五〇センチメートルの溝(以下「本件溝」という。)の掘削作業中、右塀が本件溝の方に倒壊したため、その下敷になって、いずれも同日死亡した。

2  次に、本件事故の原因について考察する。

請求原因3(一)の事実は、当事者間に争いがない。

右事実に、《証拠省略》によれば、本件煉瓦塀は、本体部分がぼたを素材にして造られた黒煉瓦を組積しただけで、鉄筋等を用いることなく、本件事故の約三〇年前に築造されたものであったが、煉瓦の色があせてしまったので、昭和四五年ころその上にモルタル塗装されていたこと、塀の中間の二か所に控え塀が付けられているもののそれぞれの長さがわずか約一〇センチメートルでしかなく、両袖の長さも塀の厚さの部分を除くと西側が約四一センチメートル、東側が約三七センチメートルであり、根入れ部の深さが約二〇ないし三〇センチメートルであって、その構造は比較的不安定であったこと、本件事故現場及び本件煉瓦塀の根入れ部の地質が黒味を帯びた粘土混り砂質土であったから、地盤は崩壊しやすい軟弱であったこと、本件溝を掘削するにあたって、振動を伴う掘削機械が使用され、少くとも深さ約二〇センチメートル(アスファルトコンクリートと砕石層部分の厚さに相当する。)を剥離掘削したこと、本件溝の傾斜面の俯角が七五度以上あったことが認められる。

本件においては、本件事故の発生を目撃した者の供述等直接その状況を証する資料が見当たらないけれども、右認定の本件煉瓦塀の構造、本件溝周辺の地質、本件溝掘削状況に、前記1認定の本件煉瓦塀及び本件溝の規模、両者の位置関係を総合すれば、本件煉瓦塀が倒壊した原因は、砂質土という軟弱な地盤でしかも本件煉瓦塀が不安定な構造であったところに、右掘削機械の振動も一因をなし、右塀からわずか約一五センチメートル隔てた位置に右塀の長さよりも長く且つ傾斜面が鉛直に近い本件溝を掘削したために、右塀を支えていた基礎地盤が崩れたことにあると考えられる。そして、その際に、本件被害者らが本件煉瓦塀が倒壊するまで本件溝の中で掘削作業をしていたために本件事故が発生したものである。

三  (本件事故発生に至る経緯)

被告らの責任の有無を判断するに先立ち、本件事故発生に至る経緯を振り返ってみる。

請求原因4(一)(1)の事実のうち被告市が被告古屋工業に対し強力な指揮監督権限を有していたことを除くその余の事実、同(2)の事実のうち被告市の設計に関して欠陥があったことを除くその余の事実は、原告らと同被告との間では争いがない。被告古屋工業が本件工事を請け負い、その遂行に責任があったこと、被告大西がその下請として本件工事を遂行する立場にあったことは、原告らと被告古屋工業との間では争いがない。被告大西が被告古屋工業の下請業者として本件工事を施工していたことは、原告らと被告大西との間では争いがない。

争いのない右事実に《証拠省略》を総合すれば、次のような事実が認められる。

1  被告市は、本件工事の設計を西日本開発コンサルタントに依頼し、福岡市水道局給水部施設課の責任で、昭和五二年九月に設計図書を作成した。これは、原田地区の地質を粘性土と見て設計され、全長約六九二メートルのうち本件事故現場を含む約二五六メートルの区間は、埋設管一五〇ミリメートル、人力床掘り(手掘り。パワーショベル・トラクターショベル等の掘削機械を用いないで行う掘削の方法をいう。)、昼間工事、水道管頂部設置位置は路面下六〇センチメートルとされ、工法は矢板を用いないものであった。人力床掘りの方法及び水道管埋設位置を右のように定めた理由は、右工区の道路幅員の狭隘、家屋の密集のほか、既設の地下埋設物が比較的浅い位置にあることから、掘削機械を使用した場合地下埋設物及び地上構築物に損傷を与える虞れがあること、重車両が通らないので水道管頂部と路面との距離が六〇センチメートルであっても損傷を受ける虞れがないこと、道路法施行令一二条三号によって、「工事実施上やむを得ない場合にあっては〇・六メートル」であっても許容されているからであった。

2  被告古屋工業は、昭和五二年一一月上旬ころ、本件工事の請負工事を落札し、同月二四日に被告市(水道事業管理者藤原豊治)との間で、工期同年一一月二四日から昭和五三年三月二四日まで、請負代金一一一〇万円とする請負契約を結んだ。

被告市は、本件工事の監督員を水道局総務部東営業所工事係員高田清浩と定めた。監督員の職務権限は、工事請負契約書(第一〇条二項)によれば、発注者の委任に基づくもののほか、「設計図書に定めるところにより、(1)契約の履行についての請負者又はその現場代理人に対する指示、承諾又は協議、(2)設計図書に基づく工事の施工のための詳細図等の作成及び交付又は請負者が作成したこれらの図書の承諾、(3)設計図書に基づく工程の管理、立会、工事の施工の状況の検査又は工事材料の試験若しくは検査」等の各権限を有する。

被告古屋工業は、本件工事の現場代理人を従業員の道喜勝成と定めた。現場代理人の職務権限は、工事請負契約書(第一一条二項)によれば、「本件工事請負契約の履行に関し、工事現場に常駐し、その運営、取締りを行うほか、この約款に基づく請負者の一切の権限(請負代金額の変更、請負代金の請求及び受領並びにこの契約の解除に係るものを除く。)を行使できる。」と定められていた。

被告大西は、昭和五二年一二月初めころ、被告古屋工業との間で、同被告が請け負った本件工事の下請負契約を結んだ。その内容は、同被告の現場代理人の指導監督を受けながら本件工事を実施するというものであった。

3  福岡市水道事業管理者は、昭和五二年一一月一四日、福岡市東区長に対し、本件工事工区内の道路占用掘削許可申請をした。同区長は、同月一八日付で東警察署長に協議をはかり、同月二九日付で同署長の回答を得たうえで、同年一二月五日右水道事業管理者に対して、工事期間同日から昭和五三年三月三一日までとする道路占用掘削を許可した。その際、道路掘削者が守るべき事項として、「掘さくの目的、面積、長さ、巾及び工事実施の方法は許可を受けた範囲をこえてはならない。もし変更しようとするときは速やかに連絡、変更の申請を行ない許可を受けること。」「工事のため、道路もしくはその附属物に損傷を及ぼし、又は及ぼすおそれがあると認めるときは、直ちに連絡し、その指示を受け必要な措置を講ずること。」「同時に掘さくする長さは、交通の支障を考慮し、当日中に埋め戻しうる程度を目途とし、最小限に止めること。但し、当日中に埋め戻し困難な場合は防護柵、腰板囲等を設け、更に赤色注意灯又は夜光塗料の標示板等を設置して危険の防止を図ること。」「機械掘りについては、地下占用物件の深度を考慮し、十分注意の上工事を行うこと。」などが定められ、また、道路掘さく者が守るべき条件として、夜間工事の場合は「午後一〇時より午前六時までとする。」、「工区は車両通行止で工事を施行すること」などが定められていた。

道喜は、施工に先立って、原田町住民に協力を求め、昭和五二年一一月二五日、原田町世話人の木本力らに対し、被告古屋工業の名で、自主的に次のような内容の誓約書を提出した。

「1期限は昭和五二年一二月五日より昭和五三年三月三一日迄(但し、年内工事は一二月二〇日迄)、2施工時間は午前九時三〇分より午后六時迄、3一日のダンプの進入量は一〇台(但し、2~3台の増減あり)、4(略)、5一日の施工延長は約三〇mとする」など。

又、同被告は、同月二五日ころ、施工のために、右誓約内容を付して、東警察署長に対し道路使用許可申請をなし、同月二九日ころ右許可を得た。

4  福岡市水道局給水部施設課設計第一係員の松尾孝則及び監督員高田は、昭和五二年一二月五日、本件工事現場において現場説明会を行い、受注者側から出席した道喜と被告大西とともに本件工事区域を徒歩で見廻った。現場説明会では、松尾が水道管埋設予定路線に沿って歩きながら、設計図書に従って機械掘りと手掘り区間を指示し、消火栓をつける位置を確認した後、高田が受注者側に、地下埋設物確認のための試掘、設計図書に従った施工、道路幅員の狭い場所で周辺への被害防止を注意した。

被告大西は、右現場説明会の際に、原田公民館の道路沿いの煉瓦塀の二か所に亀裂が入っているのを発見した。

5  道喜及び被告大西は、同年一二月下旬に四日間にわたって、本件工事区域のうち約一二か所の試験掘りをしたところ、本件事故現場付近には、設計図書とは異なり、路面下約五〇センチメートルの位置にガス管が埋設されていることを発見すると同時に、地質は概ね砂質土であることが判明した。高田は、道喜から右の状況であるにもかかわらず水道管を埋設することができるという結果報告を受けた。

6  被告大西は、本件工事の担当者として従業員の中から本件被害者ら及び益永栄の四名を指名し、昭和五三年一月七日新年宴会の際、出席した本件被害者らに対し、本件工事現場の状況を説明し、状況に応じて用意した矢板を使用すること、危険がある場合には水道管一本分(五メートル)ずつ溝を掘ってそれを埋め戻してから次を掘るという作業を繰り返すこと、手掘り区域の舗装が堅ければ、掘削機械を使用してもよいことなど指示した。山口は掘削機械を取り扱う常傭の従業員であり、丸林、仲山及び益永は農繁期を除いて同被告の土木作業員として雇傭されていた。

7  被告大西は、本件工事について、自己の従業員のほかに臨時人夫三名を雇うことにし、同月八日、工事開始に先立ち軽量鋼矢板(幅二六センチメートル、長さ二メートル)約一〇枚を工事現場に運ばせた。本件工事は、同日、片倉工業福岡蚕種製造所の前から西に向けて着工したが、まず路面を鶴はしで起こそうとしたところ舗装が厚く能率があがらないので、小型掘削機械(通称ミニバックフォー、クボタプルペットKH―I)を使って舗装等の剥取りをし、以後工事区域のほとんどの剥取りに右掘削機械を使用し、一部の場所では設計図書所定の深さまで掘削した。

本件工事は、同月九日、一二日、一三日と続けられたが、右片倉工業南側の高瀬方前掘削の際、電柱が不安定であったので、ロープで支えたり、溝に矢板を入れたりした。原田三丁目一三六九番地木本方前では、同家の建物に接して掘削したが、砂質土で道幅が狭く壁にひび割れが入っていたので矢板を使用した。

監督員高田は、同月九日、現場見廻りに来たが、手掘りを指定した箇所なのにアスファルト路面にキャタピラの跡がついていたのを見咎め、道喜に対し、路面に傷がつかないために何かを敷くようにと注意した。そこで、被告大西は、古タイヤを敷いて、右掘削機械を使用した。

8  本件工事は、同月一四日以降右片倉工業前から東に向かい、同月一六日には原田公民館前に至った。同公民館の煉瓦塀には三か所の亀裂が入っており、砂質土でもあったので、倒壊しないように矢板を使用し、工事終了後溝を完全に埋め戻して仮復旧をした。同日の作業は、午後五時ころ終ったので、被告大西は、白水方玄関前に作業員を集め、同所は一段と狭くなっているので翌日の作業は用心して行うようにとの注意を与えた。

同日までの七日間の施工距離は約一四三メートル(一日平均二〇メートル)であった。

9  被告大西は、自己の従業員の勤務時間を午前八時三〇分から午後五時三〇分までと定めていたが、本件工事が始まってからも、丸林繁廣は、福岡県朝倉郡朝倉町大字入地の自宅を毎日午前七時少し前同被告所有の小型ダンプカーを運転して出発し、途中で同町に住む益永栄と仲山友幸を同乗させ、午前九時ころ本件工事現場に到着していた。他方、山口政廣は、大型特殊免許を持っていたので、前記掘削機械を運転していたが、福岡県粕屋郡篠栗町大字尾仲の自宅を毎日午前七時前自動車で出発し、途中で人夫を乗せて、午前八時ころから午前八時三〇分ころまでの間に本件工事現場に到着していた。道喜は、いつも午前九時四〇分ころ本件工事現場に到着していたが、そのころには既に掘削作業は始められており、同人の到着を待って作業を開始したことはなかった。被告大西は、本件工事現場の他に四か所の工事現場を持っていたが、一日に一度は本件工事現場に姿を見せ、指図をしたり、作業に加わったりしていたものの、本件工事にかかりきりではなく、又、本件工事従事者の中から責任者を決めていたわけでもなかった。

10  山口政廣は、本件事故当日、いつものように午前七時前自宅を出発し、途中で人夫を拾って午前八時ころから午前八時三〇分ころまでの間に本件工事現場に到着し、右掘削機械を運転して白水方玄関前から東側の道路の掘削を始めた。他方、丸林繁廣は、同日、いつものように午前七時少し前自宅を出発し、益永栄と仲山友幸を拾って、午前九時過ぎころ本件工事現場に到着した。その時には、既に本件煉瓦塀に沿って、長さ約九メートル、幅約六〇センチメートル、深さ約三〇センチメートルの溝が掘られており、山口政廣及び三名の人夫が溝の中で掘削作業をしていた。仲山と丸林は、埋設されているはずのガス管の位置が気掛りであったので、人夫三名に替って自ら右溝に入り、掘削を続けた。そこで、益永は、右人夫を指図してダンプカーに掘り出した土砂を積み込んだうえ、一人で土砂を捨てに行った。

11  道喜は、前日、翌日は遅れる旨を山口政廣に伝えていたが、本件事故発生の知らせをうけて当日午前一〇時四〇分ころ本件事故現場に到着した。被告大西も、右知らせを受けて、同日午前一〇時ころ右現場に到着した。

四  (被告古屋工業及び被告大西の責任)

まず、工作物責任の民法七一七条について判断する。

1  原告らは、本件事故現場の市道及び市道上に掘削された本件溝の両者が土地工作物にあたると主張する。しかし、本件事故は、既に認定したように水道管敷設のために本件溝を掘削中に本件煉瓦塀の地盤が崩れるなどして発生した事故であるから、本件事故の態様及び原因からすれば、同被告らに対して本件における瑕疵の対象は掘削中の本件溝のみを問題にすれば足り、市道のそれまでを対象とする必要はない。

ところで民法七一七条一項の「土地ノ工作物」とは、土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物で、人に危害を及ぼす危険性のある客観的存在であれば足りると解すべきところ、前項10に判示の如き本件溝についても、右にいう「土地ノ工作物」にあたると解するのが相当である。

2  本件溝の設置、保存に瑕疵があったかどうかについて検討する。

前項に各認定の諸事実に照らし、本件溝には、本件の如き事故発生の危険性があって、これを防止する人的、物的設備が必要とされたのに、これが施されていなかった以上、民法七一七条にいわゆる工作物の設置、保存に瑕疵があったものというほかはない。

3  前認定のように、被告古屋工業は、請負人として、従業員道喜を現場代理人と定め、下請けの被告大西とその従業員を指揮監督して本件溝を含む本件工事全般を実施していたものであるから、同被告らは、本件溝を事実上共同して支配していたことが認められる。同被告らは、いずれも民法七一七条一項の占有者にあたるものと解される。

これに対して、同被告らは、本件工事の作業方法として水道管一本分の長さずつの溝掘削の繰返しを指示し、掘削開始時間も午前九時三〇分に厳守させていたのに、本件被害者らは、右指示に違反し、勝手に右時刻以前に長さ約九・二メートルもの溝を作り出し、同時刻以前に本件事故を生じたのであるから、本件溝は本件事故発生の時点では本件被害者らが自ら占有していたものであって、同被告らの占有は成立しないと主張する。

確かに、前認定によれば、本件被害者らの作業開始時刻、掘削距離は同被告ら主張のとおりであり、被告大西が新年宴会で本件被害者らに対して危険性の虞れある場合の作業方法としてその主張のとおり注意を与えた事実がある。又、証人益永栄及び同道喜勝成の各証言並びに被告大西猛本人尋問の結果によれば、作業上危険のある場合や作業がはかどらない場合には実際にも右の注意どおりの作業方法に従っていたことが認められる。しかしながら、前認定によれば、同被告の事業所では出勤時間が午前八時三〇分であり、本件工事現場へは、溝掘作業の最初の工程である道路舗装の剥取りのため、それに使用される掘削機械の操作担当者であった山口政廣が午前八時から午前八時三〇分ころまでにまず出勤し、引続きその他の者も午前九時ころまでに出勤して作業にとりかかっていたのに対し、道喜が右現場に現われるのが午前九時四〇分ころでその時には既に掘削作業が始められており、同被告も一日一度は右現場に現われるとはいうものの時間が不規則で、従って午前九時三〇分の掘削開始時刻が常に厳守されていたわけではなかったこと、又、作業の遅れていた進捗状況(一日の施工距離約三〇メートルの予定が本件事故前日までは一日約二〇メートルの進捗に止った。)、更には、公知の一月上旬の日没時刻、設計図書と異なった地質による作業方法の影響などを考慮すると、本件被害者らの掘削開始時刻の繰上げは、現場代理人道喜や被告大西の指図によるか、少くともその容認するところであったと推認される。加えて、同人らが現場に立会っている時のみ本件作業を行わしめていたわけでもないこと等をも考慮するとき、本件被害者らが、右被告両名の占有を排してまで本件溝を事実上支配占有していたとまでいうことが困難である。従って、本件被害者らは、本件溝につき、単なる占有補助者であって、両被告の右主張は採用しえない。

4  占有者としての注意義務について

(一) 被告古屋工業は、本件煉瓦塀が倒壊する危険を予見しえなかったと主張する。

確かに、本件煉瓦塀は昭和四五年ころにモルタル塗装されて外観上コンクリートブロック塀に見間違えたかもしれないことは、前認定のとおりである。しかし、前認定によれば、道喜及び被告大西が着工前本件現場付近を試掘をした際、又本件事故発生前日に本件現場に隣接する原田公民館前を掘削工事した時、いずれもその地質が砂質土で軟弱な地盤であることが判明していたのであるから、同人らにおいて本件事故現場の地質も亦砂質土であることをある程度予想しえたといえようし、また本件溝を掘削する当初においても本件事故現場の地質が砂質土であることが判明していたはずである。これからすれば、同人らにおいて、本件煉瓦塀の根入れ部の状態等によっては、設計図書のように右塀から約一五センチメートルの位置に本件溝を掘削すれば、地盤の崩壊等によって右塀が倒壊する危険を十分に予見することができたと認められる。

従って、被告古屋工業の右主張は、砂質土という現況のもとで、本件煉瓦塀の根入れ部等の調査を怠ったことを不問に付し、単に倒壊の虞れのない頑丈なコンクリートブロック塀に見えたことをもって右予見可能性を否定せんとするものにすぎず、これを採用する余地はないというべきである。

(二) 被告古屋工業及び被告大西は、本件事故発生を防止するに必要な注意義務を尽くしたと主張する。

なるほど前認定によれば、被告大西は、新年宴会で、本件被害者らに対し、危険な場合の矢板の使用、水道管一本分ずつ掘削の繰返しを注意し、着工にあたって矢板約一〇枚を本件工事現場に運ばせたこと、道喜も、施工過程において、作業上危険ある場合や状況によって水道管一本分ずつ掘削させ、木本方前及び原田公民館前では矢板を使用して土留めをして掘削させた事実があり、これらによれば、同被告らはそれなりに危険防止の配慮をしていたことが窺われる。

しかし、本件事故の態様及びその原因並びにこれまで認定した本件事実関係によれば、道喜及び被告大西のいずれかが現場に常駐していたわけでなく、同人ら不在時、代って指揮監督に当る知識経験者を置いていなかったこと、本件事故現場付近の状況のうち設計図書と異なった部分があったのに、これを理由に被告市に対して設計変更等を求めたり、具体的な施工方法について協議もしなかったこと、本件煉瓦塀の安定度について調査を尽くしていなかったこと、以上の理由が重なって、道喜及び被告大西において本件煉瓦塀や砂質土に応じた安全な工法を指示することができなかったことを考えると、同被告らがそれなりに配慮していた事実や一般的指示だけで事故防止のための注意義務を尽くしたということはできない。その他これを認めるに足りる証拠もない。

(三) なお同被告らは、本件被害者らが掘削開始時刻の遵守によって道喜又は被告大西の指揮監督が間に合わなかったことを理由に、本件事故の発生を回避することができなかったと主張するが、これまでに掘削開始時刻が遵守されず、むしろ本件事故当日のそれが常態であり、道喜及び同被告もこれを容認していたこと、同人ら不在時にも掘削作業がなされていたことは先に認定したとおりであり、これに前記(二)に説示の具体的内容に対比するとき、右開始時刻をもって両被告に本件結果回避可能性がなかったと認めることは到底できない。

以上の事実によれば、被告古屋工業及び被告大西は、民法七一七条一項の占有者として、本件溝の設置保存の瑕疵により生じた本件事故による損害を賠償する責任がある。

五  (被告市の責任)

まず、本件溝が国家賠償法二条一項の「公の営造物」にあたるか否かを検討する。

前認定の事実、中でも本件工事の目的と方法、市道掘削の方法とその管理状況、本件事故の原因と態様、本件被害者らが本件工事に従事していた者であったことなどを総合すると、本件溝とこれを含む本件事故現場の市道部分は、公の目的に供されていなかったといわざるをえないので、本件事故に関しては、国家賠償法の適用を受ける場合にはあたらないと考えられる。従って、被告市に対して国家賠償法二条の責任を問責することはできない。

次に、民法七一七条について判断する。

1  本件溝が土地の工作物にあたること、右溝の設置につき瑕疵があることは、既に認定したとおりである。

2  《証拠省略》によれば、被告市は、本件事故現場を含む本件工事区域を市道として所有し、一般的な管理を同被告の東区長が担当しているものの、水道管敷設路線の用地としても占用し、本件工事の上水道配水管敷設工事についても同被告の代表者として福岡市水道事業管理者が占有許可を受けたことが認められる。右事実によれば、本件工事着工前は、同被告が右市道及び右上水道施設を所有するとともに事実上占有保管してきたことが明らかである。《証拠省略》によれば、同被告と被告古屋工業との前記工事請負契約は、同被告が右市道に水道管敷設工事を完成することを請け負うものであって、右契約に基づく本件工事において、同被告が右道路を排他的に占有することは必ずしもその内容になっていないことが認められるから、同被告の請け負った本件工事により直ちに被告市の右市道に対する占有が排除されることにはならない。そして、前掲各証拠によれば、同被告が被告古屋工業に請け負わせた本件水道管敷設工事には、本件請負契約書等により関係当事者間に次のような権限や責務が定められている。即ち

(1) 同被告は、右契約書に定めるところに従うほか、被告市の作成した設計図書に従い、施工に当っては同被告で定めた水道工事標準仕様書に基づき実施することが要求されていること(同契約書第一条一項)

(2) 福岡市道路占用規則(昭和三一年六月二日規則第三一号)によれば、占用者(占用の許可を受けた者)は、道路の掘削工事現場に監督責任者を常駐させ、道路の安全管理と工事の適正な実施について充分監督させること(同規則第一〇条三号)

(3) 発注者の被告市は監督員を定めることができ、監督員は同被告の委任に基づくもののほか、設計図書に定めるところにより、①契約の履行についての被告古屋工業又はその現場代理人に対する指示、承諾又は協議、②設計図書に基づく施工のための詳細図等の作成及び交付又は同被告が作成したこれらの図書の承諾、③設計図書に基づく工程の管理、立会、施工状況の検査又は工事材料の試験若しくは検査をする職務権限を有すること。なお、指示又は承諾をする場合は原則として書面をもって行うこと(同契約書第一〇条一項、二項、四項)

(4) 被告市又は監督員は、現場代理人その他被告古屋工業が施工のために使用している下請負人、作業員等で、施工又は管理につき著しく不適当と認められる者があるときは、同被告に対して、その理由を明示した書面をもって必要な措置をとることを求めることができること(同契約書第一二条一項)

(5) 同被告は、施工が設計図書に適合しない場合において、監督員がその改造を請求したときは、これに従わなければならないこと(同契約書第一六条一項)

(6) 同被告は、①設計図書と工事現場の状態とが一致しないこと、②設計図書の表示が明確でないこと、③工事現場の地質、湧水等の状態、施工上の制約等設計図書に示された自然的又は人為的な施行条件が実際と相違すること、④設計図書で明示されていない施工条件について予期することのできない特別の状態が生じたこと等を発見したときは、直ちに書面をもってその旨を監督員に通知し、その確認を求め、必要がある場合には、工事内容を変更する場合で工事目的物の変更を伴うもの及び設計図書を訂正する必要があるものは被告市がそれを行い、工事内容を変更する場合で工事目的物の変更を伴わない場合は同被告と被告古屋工業が協議してそれを行うこと(同契約書第一七条一項、三項)

(7) 被告市は、必要があると認めるときは、書面をもって被告古屋工業に通知し、工事内容を変更し、又は工事の全部若しくは一部の施工を一時中止させることができること(同契約書第一八条一項)

(8) 監督員は、災害防止その他施工上特に必要があると認めるときは、同被告に対して臨機の措置をとることを求めることができること(同契約書第二二条三項)

以上が認められ、右認定に反する証拠はない。そうして、右のような定めに基づき、被告市の監督員高田清浩が昭和五二年一二月五日現場説明会で道喜及び被告大西に対して施工上の注意を与え、又、着工後の昭和五三年一月九日見廻りに来て掘削機械の使用方法について注意を与えるなどしたことは前記三4及び7に判示のとおりである。

右事実を総合すると被告市は、単なる注文者の地位に止まらず、前記請負契約による工事期間中もその工事に対する指揮、監督及び検査権限に基づき被告古屋工業らと共に本件工事現場を事実上共同占有していたと認めるのが相当である。監督員が現実に現場を見廻ることが少なかったからといって、右判断を左右するものではない。従って、被告市は、本件事故当時、本件事故現場である本件溝を事実上共同占有していたものといわざるをえないので、民法七一七条一項の占有者にあたるものと解される。

3  被告市は、本件事故が発生する危険性を予見しえなかったし、また本件事故発生を防止するに必要な注意義務も尽くしたと主張する。

《証拠省略》によれば、同被告は本件工事区域である原田地区の地質が粘性土という前提で本件工事を設計したが、設計図書作成以前に本件工事区域についての地質や地下埋設物状況について、その調査を行ったわけではないこと、いかなる資料に基づくものか本件では明らかでないが、恐らく手元資料で粘性土と位置づけたにすぎないと思われることが認められる。

確かに、同被告の主張するように、本件工事区域全部に亘り詳にその地層地質や地下埋設物状況の調査を行ったうえで設計することは経済的、現実的ではなく、従来からの蓄積資料及び台帳や道路状況等で調査した範囲内である程度の見込みから本件工事を設計し、あとは施工段階で修正するのもやむをえないことかもしれない。そして、前認定のように、前記契約書によれば、被告古屋工場が施工時に工事現場の地質が実際と相違することを発見したときは直ちに書面をもってその旨を監督員に通知し、その確認を求めなければならない(同契約書第一七条三号)と定められているところ、道喜及び被告大西は、試掘の結果、本件事故現場付近を含む本件工事区域の一部が砂質土であることを知り、本件事故発生前日にも本件事故現場付近の地質が砂質土であることを知っていた。それにもかかわらず、被告古屋工業はその旨を監督員又は被告市に通知したと認めるに足りる証拠はないので、同被告では右地質についての事実を知らなかったと推認しうるところである。

しかしながら、本件工事の内容、その方法、工区の状況、本件事故の態様、その原因を総合すると明らかなように、地質によって掘削位置、施工方法等に重大な影響を及ぼすことがあることを考えると、同被告としては、本件工事区域の地層地質の事前調査をしていなかったからこそ設計段階の認定上の地質と実際の地質との整合性について重大な関心を払い、試掘の結果や施工過程における実際の地質状況について実状を把握すべき注意義務があったといわなければならない。しかるに、同被告は、本件事故現場を含む本件工事区域の実際の地質について、試掘や施工過程において、被告古屋工業らに対し、積極的に報告を求めたり、知ろうと努めたりしたと認めるに足りる証拠は全くない。

従って、被告市は、右のような注意義務を尽くさずに、地質を粘性土と軽信し、砂質土という事実を単に知らなかったものにすぎない。右注意義務を尽くしておれば本件事故現場の地質が砂質土であることが判明していたはずであるから、設計書どおりに施工すれば、本件事故が発生する危険を十分に予見することができたと認められる。

又、《証拠省略》によれば、福岡市道路占用規則一一条三号により道路の掘削は、軟弱地盤にあっては、山留工を施し、周囲の路盤をゆるめないようにすることと定められているところ、被告市は、本件工事区域を粘性土という前提のもとに、被告古屋工業らに対し設計図書どおりの施工をさせようとしていたにすぎなく、砂質土にみあう土留工法などの作業方法等を指示していたわけではないこと、高田は前記掘削機械の使用を黙認していたことが認められるのに対し、被告市が本件工事につき砂質土を考慮して事故発生を防止するための措置をとったと認めるに足りる証拠はない。

そこで、これに前記のように実際の地質を把握すべき注意義務を懈怠していたことをあわせ考慮すれば、同被告が本件事故発生を防止するに必要な注意義務を尽くしていたものと認めることはできない。

以上の事実によれば、同被告は、民法七一七条一項の占有者として、本件事故による損害を賠償する責任がある。

六  (過失相殺)

損害算定に先立って、まず過失相殺の要否について判断する。

被告らは、本件被害者らには、道喜及び被告大西から受けた掘削開始時刻及び作業方法上の指示に反し、作業員として当然に守るべき安全工法の配慮に欠けていた過失があると主張する。

なるほど、山口政廣が本件事故当日遅くとも午前八時三〇分ころから掘削を開始し、仲山友幸及び丸林繁廣も同日午前九時過ぎころから掘削に加わったが、それも所定の掘削開始時刻(午前九時三〇分)以前であり、道喜又は被告大西が未だ現場に現われていなかった時刻であったことは前認定のとおりである。前掲各証拠によれば、その際本件被害者ら作業員が矢板工法や本件煉瓦塀の倒壊防止の措置をとっていなかったことが認められる。

しかしながら、本件事故当日までに午前九時三〇分の掘削開始時間が遵守されていたわけではなく、道喜や被告大西不在時にも掘削作業がなされており、むしろ本件被害者らは道喜又は被告大西の指図又は容認のもとに右時刻前から本件工事に従事していたことは先に説示したとおりであるから、掘削開始時刻の不遵守、監督者不在時の作業開始をもって本件被害者らの過失とすることはできない。又、証人道喜勝成及び被告大西猛は、掘削した溝の壁面が崩壊する場合、始めに僅かながら砂礫が落ち始めて、ついで大きく崩れ落ちるという経過を辿ることが多く、その前兆を機敏に察知すれば、崩壊防止措置をとることができ、そうでなくても溝から待避して事故の発生を防ぎうると供述し、あたかも本件被害者らが崩落の前触れに気づかなかったことを同人らの過失というが如く見受けられる。確かに、掘削作業中の者が崩壊の危険を感じながら何らの手段もとらなかったとすれば、それはある程度当人の手落ちと見る余地があるといえるかもしれない。しかし、同時に、右証拠によれば、そのような兆候は、溝の中で掘削している当人よりも、溝の外から工事の推移を見守っている者の方が早めに知りうることも窺われるので、これから考えると、監督者は、単に工事の進捗を図る契約履行の面ばかりでなく、作業の安全、危険の防止を図る労働安全衛生の面についても配慮しなければならない立場にあるというべきである。又、被害者らが、本件工事開始にあたって、危険ある場合の掘削距離、矢板使用等の注意を与えられていたからといって、本件工事過程における具体的な作業の場において、危険を察知し、臨機応変に安全な措置をすることは、それ相応の知識経験を必要とすると考えられる。《証拠省略》によれば、仲山友幸が被告大西に雇傭されて六年、丸林繁廣が五年、山口政廣が二年になるが、山口は他所でも同種職業に従事した経験を有するとはいえ、掘削機械の運転免許を有し、主としてこれに従事していたものであり、仲山及び丸林は農繁期を除いての就労であったことが認められるだけで、本件被害者らが掘削作業についてそれ相応の知識経験を有していたものと認めるに足りる証拠はなく、むしろ、指揮監督に従ってその範囲で作業をしていたにすぎなかったと窺うことができる。本件においては本件事故直前の具体的な状況を知る資料がないので、本件事故発生を知らせる兆候があったのかどうか、本件被害者らがそれを知りえたのかどうか、知りえたとして回避しえたのかどうか、全く明らかでないが、たとえ崩壊の兆候を見落したとしても、これをもって本件被害者らに帰責すべきでないと考えるのが相当である。

なお、《証拠省略》によれば、道喜や被告大西が現場にいなくなる時は、山口政廣にその旨伝え、他の作業員らも山口に相談して作業を進め、山口が作業員の中心的役割を果していたことが認められるが、これは、山口が掘削機械を取り扱い被告大西の常傭従業員であった関係から自然そうなったにすぎないと見るほかなく、特に山口を現場監督者と定めていた趣旨とまで見ることはできない。又、道喜が本件工事現場を離れる際自己に代る現場監督者として山口を指名したと認めるに足りる証拠もない。従って、山口政廣に安全な作業方法等の措置を講ずる義務があると認めることもできない。

してみると、右事実関係のもとでは、本件被害者らに過失相殺の対象たる過失を見出すことはできない。従って、本件において、被害者らの過失を問責することは相当でなく、被告らの主張は採用することができない。

七  (損害)

1  仲山友幸関係

(一) 同人の損害

(1) 逸失利益

同人と原告仲山千恵子、同勲、同幸子との身分関係は、当事者間に争いがない。この事実並びに《証拠省略》によれば、友幸は、大正一三年一二月一八日生まれで、本件事故による死亡時満五三歳一一月の健康な男子であって、被告大西の土木作業員として稼働していたこと、その家庭は同原告らのほか、母と妹の六人暮しで、原告仲山千恵子が三反の田畑を耕作し、原告幸子も稼働していたが、一家の生活費は友幸の収入で相当程度を賄っていたことが認められる。これと厚生省発表の第一三回生命表によれば満五三歳の男子の平均余命が二一・三八年であることからすれば、同人は、本件事故がなければ、少くとも満六七歳までの一四年間、引続き稼働可能であったものと推認するのが相当である。そして、《証拠省略》によれば、同人は、同被告から、事故前一年間に金二一四万四三七四円の賃金を得ていたことが認められ、その間における同人の生活費は収入額の四〇パーセントの額を要すると認めるのが相当であるから、これを控除して、ライプニッツ式計算法により一四年間の年五分の割合による中間利息(ライプニッツ式複利年金現価計算係数は九・八九八六四〇九四である。)を控除すると、同人の得べかりし利益は、金一二七三万五八三二円(円未満切捨)となる。

(2) 慰藉料

本件事故の態様、被告らの過失の態様、友幸の死亡当時の年令、家族構成その他本件に現われた一切の事情を斟酌すると、本件事故のために友幸が蒙った精神的苦痛に対すると慰藉料は全五〇〇万円とするのが相当である。

(3) 相続

前記争いのない身分関係によれば、同原告らは、被告らに対する同人の前記(一)、(二)の損害賠償請求権をそれぞれ三分の一宛相続した。

(二) 葬儀費用

《証拠省略》によれば、同原告は、友幸の葬儀費用として金三〇万四五〇〇円支出したこと、これに対して同被告は昭和五三年二月三日に右金額を支払ったことが認められるので、右葬儀費用は既に填補された。他に同原告において支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(三) 同原告らの固有の慰藉料

同原告らは夫又は父をそれぞれ突然に失い甚大な精神的苦痛を被ったことは明らかである。その慰藉料額は、本件事故の態様、被告らの過失の態様その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すると原告千恵子に金三〇〇万円、原告勲、同幸子に各金二〇〇万円とするのが相当であると認める。

(四) 損害の填補

《証拠省略》によれば、原告千恵子は、労働者災害補償保険法に基づき、葬祭料として昭和五三年四月一七日金四〇万〇〇八〇円の支給を、遺族補償年金として別表(三)のとおり昭和五三年五月分から昭和五六年四月分までの合計金四一七万〇三八四円の支給を受けたことが認められるので、右金額を原告千恵子の損害賠償債権額から控除すべきことになる。

(五) 以上に関して、原告千恵子の損害賠償債権額は金四三四万一四八〇円(円未満切捨、以下同じ。)、原告勲、同幸子の損害賠償債権額はそれぞれ金七九一万一九四四円となる。

2  丸林繁廣関係

(一) 同人の損害

(1) 逸失利益

同人と原告丸林三枝、同静子、同桂子との身分関係は、当事者間に争いがない。この事実並びに《証拠省略》によれば、同人は、大正一〇年八月二四日生まれで、本件事故による死亡時満五六歳六月の健康な男子であって、被告大西の土木作業員として稼働していたこと、その家庭は同原告らの四人暮しで、原告丸林三枝が五反の田を耕作し、原告静子、同桂子も稼働していたが、一家の生計は繁廣の収入で相当程度を賄っていたことが認められる。これと前掲生命表によれば満五六歳の男子の平均余命が一八・九七年であることからすれば、同人は、本件事故がなければ、少くとも満六七歳までの一一年間、引続き稼働可能であったものと推認するのが相当である。そして、《証拠省略》によれば、同人は、同被告から、事故前一年間に金一八六万五三八〇円の賃金を得ていたことが認められ、その間における繁廣の生活費は収入額の四〇パーセントの額を要すると認めるのが相当であるから、これを控除して、ライプニッツ式計算法により一一年間の年五分の割合による中間利息(ライプニッツ式複利年金現価計算係数は八・三〇六四一四二二である。)を控除すると、同人の得べかりし利益は、金九二九万六七七一円(円未満切捨)となる。

(2) 慰藉料

本件事故の態様、被告らの過失の態様、繁廣の死亡当時の年令、家族構成その他本件に現われた一切の事情を斟酌すると、本件事故のために同人が蒙った精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇〇万円とするのが相当である。

(3) 相続

前記争いのない身分関係によれば、同原告らは、被告らに対する繁廣の前記(一)、(二)の損害賠償請求権をそれぞれ三分の一宛相続した。

(二) 葬儀費用

《証拠省略》によれば、同原告は、繁廣の葬儀費用として金三三万一六二七円支出したこと、これに対して同被告は昭和五三年二月三日に右金額を支払ったことが認められるので、右葬儀費用は既に填補された。他に同原告において支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(三) 同原告らの固有の慰藉料

同原告らは夫又は父をそれぞれ突然に失い甚大な精神的苦痛を被ったことは明らかである。その慰藉料額は、本件事故の態様、被告らの過失の態様その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、原告三枝に金三〇〇万円、原告静子、同桂子に各金二〇〇万円とするのが相当である。

(四) 損害の填補

《証拠省略》によれば、原告三枝は、労働者災害補償保険法に基づき、葬祭料として昭和五三年四月七日に金四〇万三八〇〇円の支給を、遺族補償年金として別表(三)のとおり昭和五三年五月分から昭和五六年四月分までの合計金三三八万二五二四円の支給を受けたことが認められるので、右金額を原告三枝の損害賠償債権額から控除すべきことになる。

(五) 以上に関して、原告三枝の損害賠償債権額は金三九七万九二六六円、原告静子、同桂子の損害賠償債権額はそれぞれ金六七六万五五九〇円となる。

3  山口政廣関係

(一) 同人の損害

(1) 逸失利益

同人と原告山口功子、同政憲、同隆義、同貴臣、同孝幸との身分関係は、当事者間に争いがない。この事実並びに《証拠省略》によれば、同人は、昭和一四年三月一五日生まれで、本件事故による死亡時満三八歳一〇月の健康な男子であって、被告大西の土木作業員として稼働していたこと、その家庭は同原告らと父の七人暮しで、原告山口功子が店員として稼働していたが、一家の生計は同人の収入で相当程度を賄っていたことが認められる。これと前掲生命表によれば満三八歳の男子の平均余命が三四・四九年であること及び労働市場の状況からすれば、政廣は、本件事故がなければ、少くとも満六七歳までの二九年間、引続き稼働可能であったものと推認するのが相当である。そして、《証拠省略》によれば、同人は、同被告から、事故前一年間に金二六二万五三二九円の賃金を得ていたことが認められ、その間における同人の生活費は収入額の四〇パーセントの額を要すると認めるのが相当であるから、これを控除して、ライプニッツ式計算法により二九年間の年五分の割合による中間利息(ライプニッツ式複利年金現価計算係数は一五・一四一〇七三五八である。)を控除すると、同人の得べかりし利益は、金二三八五万〇一七九円(円未満切捨)となる。

(2) 慰藉料

本件事故の態様、被告らの過失の態様、政廣の死亡当時の年令、家族構成その他本件に現われた一切の事情を斟酌すると、本件事故のために同人が蒙った精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇〇万円とするのが相当である。

(3) 相続

前記争いのない身分関係によれば、被告らに対する政廣の前記(一)、(二)の損害賠償請求権を、原告功子が三分の一、その余の右原告らが各六分の一宛相続した。

(二) 葬儀費用

《証拠省略》によれば、原告山口功子は、政廣の葬儀を催しその費用として金三〇万円相当かかったこと、これに対して同被告は右費用を全額負担して支払ったことが認められるので、右葬儀費用は既に填補された。他に同原告において支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(三) 同原告らの固有の慰藉料

同原告らは夫又は父をそれぞれ突然に失い甚大な精神的苦痛を被ったことは明らかである。その慰藉料額は、本件事故の態様、被告らの過失の態様その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すると、原告功子に金三〇〇万円、その余の右原告らに各一〇〇万円とするのが相当である。

(四) 損害の填補

《証拠省略》によれば、原告功子は、労働者災害補償保険法に基づき、葬祭料として昭和五三年三月一七日に金四四万八〇八〇円の支給を、遺族補償年金として別表(三)のとおり昭和五三年五月分から昭和五六年四月分までの合計金五五八万八四六六円の支給を受けたことが認められるので、右金額を原告功子の損害賠償債権額から控除すべきことになる。

(五) 以上に関して、原告功子の損害賠償債権額は金六五八万〇一八〇円、原告政憲、同隆義、同貴臣、同孝幸の損害賠償債権額はそれぞれ金五八〇万八三六三円(円未満切捨)となる。

4  原告らは、賃金上昇率を加味して逸失利益を算定すべき旨主張するが、《証拠省略》によれば、同被告は、従業員数名の零細企業で、昇給基準についての定めが全くなく、そのような取扱いもなかったこと、昭和五三年度から昭和五五年度までの賃金額の上昇が見られたのは、物価上昇によるベースアップにすぎないことが認められるので、そもそも昇給を加味することはできない。将来のベースアップについては、今日の経済情勢のもとにおいて、貨幣価値の下落に伴う実質賃金の低下を名目賃金引上げによって補う側面が強いものであることは否定しえないとしても、将来において実施されるベースアップをあらかじめ予想することは困難であるうえ、これを加味してライプニッツ式計算法により現在価額に引き直して得べかりし収入を算定するのであるから、今ここで将来のベースアップを考慮するのは相当でなく、この点に関する原告らの右主張は採用しえない。

5  原告らは遺族補償年金についてはこれを控除すべきではないと主張し、他方、被告古屋工業及び被告大西は遺族補償年金については既に支給された分のみならず将来支給される分も控除すべきであると主張する。

労働者災害補償保険法(昭和五五年法律第一〇四号による改正前のもの。)に基づく遺族補償年金については、口頭弁論終結時までに現実に給付された分のみを損害賠償債権額から控除されるべきであるが、いまだ現実に給付がないものについてはたとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、将来の給付額を損害賠償債権額から控除されるべきではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五〇年(オ)第六二一号昭和五二年一〇月二五日第三小法廷判決・民集第三一巻第六号八三六頁、同裁判所昭和四六年(オ)第八七八号昭和四六年一二月二日第一小法廷判決・判例時報六五六号九〇頁、同裁判所昭和四七年(オ)第六四五号昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集第二九巻第九号一三七九頁、同裁判所昭和五〇年(オ)第四三一号昭和五二年五月二七日第三小法廷判決・民集第三一巻第三号四二七頁参照)。

6  弁護士費用

原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは、本件記録上明らかである。本件事案の性質、難易、審理の経過、認定額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害としての弁護士費用は、それぞれの原告につき、別紙(一)「認容金額一覧表」の「弁護士費用」欄記載の金員とするのが相当である。

八  結論

以上の次第であるから、原告らの請求は、被告らに対し、別紙(一)「認容金額一覧表」の「認容額(計)」欄記載の当該各金員及びこれらに対する本件事故発生の日である昭和五三年一月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田郁郎 裁判官 川本隆 高橋隆)

〈以下省略〉

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